
ひとたび外を歩けば、私たちは様々な広告に出会います。中でも、店舗のものや案内用の看板が多いのではないでしょうか。繁華街に行けば、それこそ無数の看板が視界に入るはずです。ところが、記憶に残るものとそうでないものがあります。巨大な広告は目立ちますが、それがイコール「良い広告」であるとは限りません。道端に立てかけられた看板の方が集客力があることもしばしばです。何故なのでしょうか。看板のデザイン・製作は、個別の状況や目的に沿って、また設置する際には人間工学の分野まで及び製作されているからなのです。
| 看板娘= その店に客を呼ぶ女性のこと |
看板倒れ= 表面や名ばかりで実のないこと |
| 看板役者= 客寄せの中心となる人 |
看板に偽り無し= 見た目と中身が一致していること |
| 看板をあげる= 商売を始めること |
看板持ち= 人に付き従って、その人に従順に付き添うこと |
| 店の看板を汚す= 店の品位を下げてしまうこと |
看板商品= その店の目玉商品 |
こういった耳慣れた慣用句が数々あります。私たちの日常生活、言語の文化まで作っているほど「看板」は浸透しているのです。では、街の風景に埋もれてしまうものと、そうでないものの違いは何処にあるのでしょうか。それが看板力の差なのです。